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日本陸軍暗号の敗北 伊藤秀美

日本陸軍暗号の敗北  鉄壁の暗号はなぜ破られたか

伊藤秀美 著 A5版 243ページ
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日本陸軍暗号の敗北

旧日本陸軍の暗号は太平洋戦争において外交暗号や海軍暗号とは違って安泰だったとされ、戦後に自衛隊等の暗号システムの基礎となった。ところが、1970年代後半から数次にわたって公開された米国の機密資料は、大量の解読電文のほか解読方法を記した技術資料も含んでおり、安泰説が神話に過ぎないことが明らかとなった。
 完成度が高く運用も厳格だったとされる陸軍暗号のどこに問題があったのか。これら機密解除資料および旧日本陸軍資料をもとに考察する。

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はじめに

 旧日本陸軍の暗号は太平洋戦争において外交暗号や海軍暗号とは違って安泰だったとされ、戦後に自衛隊等の暗号システムの基礎となった。ところが、1970 年代後半から公開された米国の機密資料に大量の解読電文が含まれていたため、安泰説に疑問が投げかけられることになった。陸軍の暗号は解読されていたという論陣を張ったのが海軍兵学校出身で防衛研修所の戦史研究室長だった岩島久夫、受けて立ったのが、戦時中の陸軍の暗号担当者で戦後の暗号研究の指導者の一人であった釜賀一夫である。論争は 1980 年代から 10 年以上も続いたが、議論が十分かみ合ったとは言えず、双方の最終となる主張を見ても対立点は解消していない。このため現在でも、真相はよく分からないといった論調に出会すことがある。

 しかし、米国の機密解除資料を仔細に検討すれば、岩島の主張に理がある。岩島が指摘したように解読電文に戦術的・戦略的に重要な情報を含むものがあり、さらに、岩島は触れていないが、解読の技術資料(解読作業に携わる人を対象とした日本陸軍の暗号解読のための教科書)が存在するからである。

 尤も釜賀の安泰説にも説得力はあった。彼の主な論拠は 2 つある。ひとつは米軍関係者が「陸軍の暗号は解読できなかった」と言ったというもの、もうひとつは無限乱数方式を採用したので原理的に解読されるはずがないというものである。暗号解読のような国家的機密事項について米軍関係者が嘘をつくことは当然有り得るので、前者はそもそも安泰説の根拠として薄弱であるが、後者は検討の余地がある。その為には日本軍の暗号運用の実態を知る必要があるが、米側の資料だけでは今ひとつはっきりしない。一方、日本側の一次資料は終戦直後の組織的隠滅工作の為ほとんど現存しないという困難がある。しかし、幸いにも、最近発見された基礎資料に鍵となる情報が記載されていた。本書ではこれを踏まえて論争をすっきりした形で整理し、あわせて陸軍の暗号がどこで躓いたのかを論じてみたい。

 ところで陸軍の暗号は戦後も命脈を保ち、自衛隊暗号や恐らくは外交暗号としてかなりの期間に亘り使用されたと見られる。戦時中に攻略された暗号をそのまま使い続けて問題はなかったのかはさておくとして、基礎となっている安泰説を、米国の機密解除資料という動かぬ証拠をつきつけられるまで、なぜ疑わなかったのだろうか。これを本書のいまひとつの問題意識としたい。

 太平洋戦争時の暗号戦を論ずる際、特に我が国の場合、暗号書の鹵獲(ろかく)事件等のエピソードに焦点を当てることが多い。この方が分かりよいし、そうした事件が重要な役割を演じたのは事実である。しかし、主部はあくまで緻密な論理戦、高度な技術戦である。暗号書を頻繁に切り替えているのだから、たまさかの鹵獲事件の影響は一時的なはずである。しかし論理と技術の裏付けがあったために、それが大事件になったのである。この観点から、本書では論理と技術に関する説明にも重きをおき、解読に関して一章を割いた。

 本書は、暗号将校の教科書である暗号教範や米軍の暗号解読の教科書の復刻や翻訳に際し、著者が解説として記述したものが元になっている。それらの解説は、多くの文献を実際に参照しないと理解困難な書き方になっていたので、今回は出来る限り本書で話が閉じるようにして、読み易さを心がけた。保坂廣志氏には、著者の一連の仕事を通して、励ましと貴重なコメントをいただいた。また、旧日本軍資料の収集家である小池元博氏には、同氏所蔵の部隊換字表 2 号を本書に掲載することを快諾していただいた。これらの方々に心より感謝申し上げる。

もくじ

はじめに
本書のガイド
第1章 陸軍の暗号 -その興亡
 1.1 誕生まで
 1.2 実 例
  1.2.1 連隊暗号
  1.2.2 陸軍暗号
 1.3 なぜ無限乱数式で統一しなかったか
 1.4 有限乱数式 -如何に補強するか
 1.5 連合軍の態勢
 1.6 攻防の歴史
第2章 攻防の術
 2.1 解読のテクニック - 基本編
  2.1.1 乱数の剥ぎ取り
  2.1.2 特別計算表の割り出し
  2.1.3 宛名暗号の解読
 2.2 解読のテクニック - 応用編
  2.2.1 分離重複
  2.2.2 交差重複
  2.2.3 計算機の活用
 2.3 日本軍の対抗策
 2.4 乱数式の理解 
第3章 安泰説はどのように成立したか
 3.1 概 観
 3.2 安泰説の検証
  3.2.1 釜賀の論点
  3.2.2 米軍関係者の証言 
  3.2.3 GHQ 文書
  3.2.4 要 約
第4章 どこで躓いたのか
 4.1 6つの蹉跌
 4.2 米軍関係者の指摘
おわりに
付 録 A 概 要
 A.1 暗号の種類
 A.2 暗号の運用
  A.2.1 全般
  A.2.2 陸軍暗号と海洋区暗号
  A.2.3 その他の暗号
  A.2.4 規 模
 A.3 米軍が解読を試みた高級暗号
 A.4 暗号書の主な鹵獲事件
付 録 B 略年表
付 録 C コードブックの例
 C.1 陸軍暗号書 5 号
 C.2 部隊換字表 2 号
付 録 D 暗号組立 - 実戦例から
 D.1 陸軍暗号
 D.2 連隊暗号
 D.3 海洋区暗号
 D.4 船舶暗号
付 録 E 数理的補遺
 E.1 乱数とは
 E.2 無限乱数式暗号の強度
補 注
参考文献
図表の一覧
索引

著者者紹介

  伊藤秀美 (いとう ひでみ)
   1950年 三重県生まれ
   1973年 東北大学理学部物理学科卒業
   1978年 京都大学大学院博士課程中退 理論物理学専攻
   防災関係の仕事の傍ら戦史を研究
   著書 検証『ある神話の背景』(2012, 紫峰出版)
      船舶団長の那覇帰還行(2012, 紫峰出版)
      陸軍 暗号教範 (共編 2013, 紫峰出版)
      新教程日本陸軍暗号 (共訳 2013, 紫峰出版)

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