通俗と学術の間                                      

沖縄・慶良間の「集団自決」 伊藤秀美

沖縄・慶良間の「集団自決」  命令の形式を以てせざる命令

 伊藤秀美 著
  ダウンロード版     (B5版 400頁)  700円+税  グーグル
  印刷版(POD)    (B5版 400頁) 2,700円+税  アマゾン

  ISBN:9784907625528(ダウンロード)
       9784907625504(POD)、  9784907625511(PODモノクロ)
  2020年2月1日刊

慶良間

 沖縄「集団自決」裁判(2005年8月~2011年4月)で幾つかの重要な証言がなされ、それらを踏まえた裁判所の判断は、「集団自決に軍が深く関わったと認めるのが相当だが、命令の内容を認定することには躊躇を禁じ得ない」というものである。本書の関心は裁判所が判断を躊躇した部分にある。
 軍の命令は違法であっても無条件に実行される。命令者は無論、責任を問われるが、実際にはこれを回避する手段が存在した。それが本書の副題となっている「命令の形式を以てせざる命令」である。この語は、BC級戦犯裁判の被告となった西部軍司令官横山勇中将が法廷で使用した。横山司令官は、乗機が撃墜されて俘虜となった米軍搭乗員を裁判抜きで処刑した責任を問われたのだった。
 沖縄「集団自決」裁判において裁判所が命令の内容自体の認定に躊躇したのは曖昧さの故であるが、これこそが、「命令の形式を以てせざる命令」の特徴である。本書は、これをキーワードとして「集団自決」の命令の問題を論ずる。

 1944年7月のサイパン島の失陥を受け、居留民を抱えた戦闘をどうするかが大本営と政府で議論され、上陸防禦の基本方針の大転換もなされた。これらを踏まえ沖縄守備を担任する第32軍の牛島司令官の訓示が出された。
 特攻艇の秘密基地があった慶良間諸島では住民の疎開は禁じられ、狭い島内に逃げ場はない。防諜と作戦の阻害要因の除去を要求する軍司令官訓示に従えば、米軍が上陸すれば一般住民は自決させるほかない。そして、同訓示は、それをあからさまにではなく「懇ろに」、つまり「命令の形式を以てせざる命令」で伝えよとしている。
 慶良間諸島には特攻艇の部隊が3個戦隊配備されたが、座間味島に駐屯した第1戦隊と渡嘉敷島に駐屯した第3戦隊はこのスキームで命令を出し、「集団自決」が発生した。一方、阿嘉島と慶留間島に駐屯した第2戦隊は、軍司令官訓示ではなくそれより下位の上陸防禦戦闘の教令に従い、明示的に命令を出した。その結果、「集団自決」は、自決を命じた慶留間島で発生し、自決を止めた阿嘉島では発生しなかった。

 「集団自決」の規模は軍の対応だけでなく、当時国策として進めた警備方策、与論指導方策も大きく関わる。また、「集団自決」で悲劇が終わったわけではなく、渡嘉敷島では住民が多数処刑された。これらについても論ずる。

まえがき

 沖縄県慶良間諸島の「集団自決」の問題は、これまで多くの人が論じて来た。最近の大きな動きとしては、沖縄「集団自決」裁判(2005 年 8 月~2011 年 4 月)がある。裁判で、とくに名誉毀損という論点で争う問題かどうか疑問を感じるが、それでも新たに多くの証言が得られたことは成果といって良いだろう。当事者にとってはつらく、忘れてしまいたい事件であってみれば、裁判という極限の場でない限り外に出てこなかったかもしれないし、時間的に見て最後の機会だったと考えられるからである。

 新しい証言をも踏まえた裁判所の判断は「集団自決に軍が深く関わったと認めるのが相当だが、命令の内容を認定することには躊躇を禁じ得ない」というものである。本書の関心は裁判所が判断を躊躇した部分にある。

 軍の命令は違法であっても無条件に実行される。命令者は無論、責任を問われるが、実際にはこれを回避する手段が存在した。それが本書の副題となっている「命令の形式を以てせざる命令」である。この語は、 BC 級戦犯裁判の被告となった西部軍司令官横山勇中将が法廷で使用した。横山司令官は、乗機が撃墜されて俘虜となった米軍搭乗員を裁判抜きで処刑した責任を問われたのだった。

 沖縄「集団自決」裁判において裁判所が命令の内容自体の認定に躊躇したのは曖昧さの故であるが、これこそが、「命令の形式を以てせざる命令」の特徴である。本書は、これをキーワードとして「集団自決」の命令の問題を論ずる。

 本書の構成は次のとおりである。
第I部では、「集団自決」が発生するまでの全般的状況をまとめる。個別の事項を詳しく記すのではなく、「集団自決」を理解するための鍵となる事項の整理が主な目的である。

 第II部では、主要な回想 / 証言を批判的に検討する。概ね沖縄「集団自決」裁判の判決文に沿って書かれているが、裁判が扱わなかった話題、論点も取り上げる。裁判で多くの証言が現れたが、荒唐無稽なものも少なくなく、それらを排除するのも目的の一つである。事柄の性質上かなり細部にわたるので、最初はあまりこだわることなく、 III 部以降に進んでから、適宜、参照するのがよいと思われる。本書が妥当と考える事実関係を第 II 部 7 章にまとめたので、そこから出発するのも一法である。

 第III部が本論である。第 I 部で取り上げた鍵となる事項の持つ意味を説明した後、慶良間の各島、阿嘉島・慶留間島・座間味島・渡嘉敷島の状況を説明する。これらの島は、地理的、政治・行政・軍事的に類似していたにも関わらず、「集団自決」に関して大きく異なっていた。特に、阿嘉島は「集団自決」がなかったこと、また、戦隊長がストレートに命令を出したことから、比較検討を行う際の基準となる。これらの準備をした上で、「命令の形式を以てせざる命令」の淵源たる西部軍事件を復習して、「集団自決」命令をこの観点から考察する。

 「集団自決」で悲劇が終わったわけではない。渡嘉敷島では、住民の処刑事件が多数発生した。軍組織が崩壊した座間味島は別として、阿嘉島は軍組織が存続したにも関わらず、住民の処刑事件は 1 件にとどまった。「集団自決」と住民処刑は発生様式が随分異なるが、軍組織のあり方が共通して関係しているように見える。これを第 IV 部で論ずる。

 島で発生した事件が異なるように、各戦隊長の事件への対処の仕方はそれぞれである。戦後に的を絞って第 V 部で述べる。

 主要な回想は付録に、また軍司令官訓示などの基礎資料は資料編に収録した。本書の約束事に関しては「本書のガイド」にざっと目を通していただきたい。

 本書は渡嘉敷島の「集団自決」を扱った『検証「ある神話の背景」』と慶良間諸島に配備されたマルレと呼ばれる特攻艇を扱った『船舶団長の那覇帰還行』の続編にあたる。これらを著すにあたって、沢山の方々から多くの有益な情報の提供および支援をいただいたことに深く感謝したい。特に、垣花武一氏には、渡嘉敷島と同様な経過をたどったにもかかわらず「集団自決」を免れた阿嘉島を理解するに欠かせない貴重な回想を寄せていただいた。また、渡嘉敷島に関しては、吉川勇助氏から得難い情報を提供していただいた。このほか、現地調査に関しては、座間味村と渡嘉敷村役場の方に便宜を図っていただいた。早稲田大学の水島朝穂先生には、軍側の基本的文献(『島嶼守備部隊戦闘教令』『上陸防禦教令』『国土防衛における住民避難 – 太平洋戦争に見るその実態』)を閲覧する機会のほか、関連する話題に関するご教示をいただいた。ハンドルネーム ’キー坊’、 ’ni0615’、 ’阪神’の諸氏、及び和田啓二氏のネット上での考察及び議論は本書をなす上で大変有用であった。特に’ 阪神’ 氏には、資料調査および現地調査に関しても全面的な協力をいただいた。

目次

まえがき
 本書のガイド
 図表の一覧
第I部 「集団自決」まで
 第1章 第 32 軍の創設
  第1節 サイパン失陥まで
  第2節 サイパン失陥後
 第2章 特攻艇マルレの部隊
  第1節 特攻艇マルレ
  第2節 隊の編成と攻撃方法
  第3節 米軍はマルレの配備を知っていたか
 第3章 第 32 軍の住民処理
  第1節 軍司令官訓示、県民指導要綱、南西諸島警備要領
  第2節 慶良間の守備命令
 第4章 上陸前の日米両軍の動き
  第1節 海上挺進戦隊の再編
  第2節 硫黄島上陸部隊の接近
  第3節 沖縄上陸部隊の接近
  第4節 米軍の慶良間侵攻作戦
 第I部 補 注

第II部 主要な回想 / 証言の検討
 第1章 梅澤裕氏の回想 / 証言
  第1節 名誉回復に向けた行動
  第2節 梅澤手記の概観
  第3節 石川郵便局長の話
  第4節 県民決起大会
  第5節 垣花武一氏が聞いた石川重徳氏の話
  第6節 きっかけとなったマスコミ報道
  第7節 周辺エピソード
  第8節 まとめ
 第2章 宮平秀幸氏の回想/証言
  第1節 裁判陳述書
  第2節 過去の回想との矛盾
  第3節 藤岡仮説とその破綻
 第3章 宮城初枝氏の回想
  第1節 時間的一貫性
  第2節 他の回想/証言との整合性
  第3節 周辺状況との整合性
 第4章 援護法の問題
  第1節 隊長命令捏造説(1)
  第2節 隊長命令捏造説(2)
  第3節 照屋昇雄氏の回想/証言
  第4節 宮村幸延氏の念書
 第5章 渡嘉敷島関連の回想/証言
  第1節 『ある神話の背景』
  第2節 「集団自決」前の事象
  第3節 赤松隊将校の証言
 第6章 垣花武一氏の回想/証言
  第1節 全体評価
  第2節 沖縄「集団自決」裁判での扱い
 第7章 本書で採用する事実関係
  第1節 座間味島
  第2節 渡嘉敷島
 第II部 補 注

第III部 「集団自決」の命令
 第1章 住民処理
  第1節 軍司令官訓示とその背景
  第2節 全体スキーム
  第3節 警備方策
  第4節 与論指導方策
 第2章 軍の命令と行政命令
  第1節 軍の命令
  第2節 行政命令
 第3章 慶良間諸島の軍事・行政
 第4章 阿嘉島
  第1節 事前の命令/指示
  第2節 米軍上陸前の攻撃
  第3節 米軍上陸
  第4節 あわや「集団自決」
  第5節 野田戦隊長は何に従ったのか
 第5章 慶留間島
 第6章 座間味島
  第1節 「集団自決」の経緯
  第2節 座間味島の特徴
 第7章 渡嘉敷島
  第1節 事前の命令
  第2節 手榴弾の配布
  第3節 住民を集める
  第4節 米軍上陸後の状況
  第5節 「集団自決」直前
 第8章 軍が駐屯しなかった島
  第1節 屋嘉比島と久場島
  第2節 前島
 第9章 西部軍事件
  第1節 事件の概要
  第2節 俘虜の裁判
  第3節 第1事件における命令
 第10章 命令の形式を以てせざる命令
  第1節 特徴
  第2節 「集団自決」の命令
  第3節 成立要件
  第4節 惨劇が大規模になった原因
 第III部 補 注

第IV部 「集団自決」以後
 第1章 慶良間全域
  第1節 全般状況
  第2節 被害状況
 第2章 阿嘉島
  第1節 全般状況
  第2節 住民処刑
  第3節 食料問題
  第4節 住民の解放
  第5節 停戦交渉
  第6節 降伏
  第7節 朝鮮人軍夫と従軍慰安婦
  第8節 作戦・統率・判断
 第3章 慶留間島
 第4章 座間味島
  第1節 全般状況
  第2節 住民処刑
  第3節 朝鮮人軍夫と従軍慰安婦
  第4節 作戦・統率・判断
 第5章 渡嘉敷島
  第1節 全般状況
  第2節 住民・軍夫の処刑
  第3節 朝鮮人軍夫と従軍慰安婦
  第4節 作戦・統率・判断
 第6章 住民処刑の法的問題
  第1節 陸軍軍法会議法
  第2節 陸軍刑法
  第3節 部下の責任
  第4節 上官の責任
  第5節 沖縄「集団自決」裁判と住民処刑
 第IV部 補 注

第V部 戦後の元戦隊長
 第1章 野田元戦隊長
  第1節 公刊戦史へのコミット
  第2節 責任と和解
 第2章 梅澤元戦隊長
  第1節 公刊戦史へのコミット
  第2節 責任と和解
  第3節 梅澤氏の主張の特徴
  第4節 なぜ嘘が多いのか
 第3章 赤松元戦隊長
  第1節 所持資料
  第2節 公刊戦史へのコミット
  第3節 谷本版陣中日誌
  第4節 責任と和解
 第V部 補 注

あとがき

付 録
 付録A 梅澤裕氏の回想/証言
  A1 戦斗記録
  A2 裁判陳述書
  A3 雑誌 WILL
  A4 チャンネル桜
 付録B 宮平秀幸氏の回想/証言
  B1 チャンネル桜
  B2 裁判陳述書
  B3 本田靖春「座間味島一九四五」
  B4 NNN ドキュメント「戦後なき死・沖縄・自決の島 1991」
  B5  ビデオ『戦争を教えてください』
  B6 毎日新聞「路傍の詩」
 付録C 宮城初枝氏の回想
  C1 座間味村の公式見解
  C2 『家の光』1963 年
  C3 『悲劇の座間味島』 1968 年
  C4 『日本軍を告発する』と『これが日本軍だ』1972 年
  C5 『沖縄県史 10 巻』1974年
  C6 『青い海』1977 年
  C7 神戸新聞 1985 年 7月30日
  C8 『母たちの戦争体験』1986年
  C9 「第一戦隊長の証言」1988年
  C10 『座間味村史』1989年
  C11 「座間味島の終わらぬ戦後」1992年
  C12 『母の遺したもの』 2000年、2008年
 付録D 座間味島住民と梅澤隊隊員の回想
  D1 宮平春子氏
  D2 小嶺つる子氏
  D3 宮平敏勝氏
  D4 映画『ぬちがふぅ』試写会
  D5 長島義男氏
 付録E 阿嘉島住民の回想
  E1 垣花武一氏
  E2 回想への注記
 付録F 用語解説
  F1 防衛隊・水上勤務隊
  F2 兵事主任
 付録 補 注

資 料
 資料a 島嶼守備部隊戦闘教令
 資料b 大塚備忘録
 資料c 総動員警備要綱
 資料d 南西諸島住民処置要綱
 資料e 軍司令官訓示
 資料f 内務省総動員警備計画
 資料g 決戦与論指導方策要綱
 資料h 上陸防禦教令
 資料i 沿岸警備計画設定上の基準
 資料j 報道宣伝防諜等に関する県民指導要綱
 資料k 沿岸警備要目
 資料l 南西諸島警備要領
 資料m 言論集会の取締方針再検討に関する措置概要
 資料n 沖縄防衛強化実施要綱

参考文献
 索 引
  事 項
  人 名

著者紹介

  伊藤秀美 (いとう ひでみ)
   1950年 三重県生まれ
   1973年 東北大学理学部物理学科卒業
   1978年 京都大学大学院博士課程中退 理論物理学専攻
   防災関係の仕事の傍ら戦史を研究
   著書 検証『ある神話の背景』(2012, 紫峰出版)
      船舶団長の那覇帰還行(2012, 紫峰出版)
      陸軍 暗号教範 (共編 2013, 紫峰出版)
      新教程日本陸軍暗号 (共訳 2013, 紫峰出版)
      陸軍暗号将校の養成 (共編 2014, 紫峰出版)
      日本陸軍暗号の敗北 (2015, 紫峰出版)
      日本海軍暗号の敗北 (2018, 紫峰出版)

powered by Quick Homepage Maker 4.81
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional