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沖縄戦捕虜の証言 保坂廣志

沖縄戦捕虜の証言-針穴から戦場を穿つ- 上・下

保坂廣志 著 A5版 上巻255頁、下巻260頁
印刷版(POD) 上巻3,024円 下巻3,024円 アマゾン:上 アマゾン:下 直 販

沖縄戦捕虜

沖縄戦捕虜尋問調書850人分ほどが米国立公文書館に保管されている。これらは、死から生へと帰還した人達のリアルタイムの肉声であり、問われるままに感情を吐き出した戦場のうめき声である。
 これまでの沖縄戦証言記録は、書き手が戦争体験者から話を聞き、物語としてまとめたものだ。証言に時差があり、書き手の問題意識の差によっても証言が食い違うことも多かった。
 これに対し、尋問調書は戦場でなされた生の証言であり、時間差はない。沖縄人(ウチナ-ンチュ)は、何を考え戦場に立ったのか、防衛隊員の逃亡や戦線離脱、本土出身兵士に対する反応が率直に語られている。兵士にあっては、逃亡兵や遺棄兵士の証言、捕虜は恥か否か、米軍への協力等が記されている。このほか、日米双方の捕虜虐殺や朝鮮半島出身者の痛烈な戦場証言も含まれている。

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序文

 米国立公文書館には、沖縄戦捕虜尋問調書 850 人分ほどが保存されている。戦争に関わる当時の国際法では、捕虜は保護されるべき対象であり、氏名、階級、認識番号等最小限のことだけを述べればいいことになっていた。ところが沖縄戦捕虜の場合、軍歴は言うにおよばず、戦争全般について多くを語っているのが特徴的である。

 死から生へと帰還できた捕虜たちは、米軍尋問官に対して戦場下での体験を肉声でもって述べている。捕虜たちは、それまで内に秘めていた感情を一挙に放出すかのように語り、調書に書かれた字面は戦場のうめきや吐息のように見える。その時、誰も尋問調書が公開されるなど考え及ばなかったであろう。ある沖縄県出身上等兵は、上官と撃ち合いとなり部隊逃亡したと述べている。傷の痛みに耐えかね、沖縄人に強いられた差別に怒りを顕わにし、彼は尋問官のいるところで男泣きしている。大阪出身者からなるある部隊の生存者 7 人は、ひたすら生き残ることだけを考え集団で最前線を逃げ回ったという。さらに沖縄出身のある兵卒は、親の介護に腐心し徴兵を逃れてきたが、沖縄戦開始後ついに動員されてしまった。彼の尋問調書は、家族の安否にあふれている。戦争は自分に関係ないことだと述べる傍ら、生き別れの妻子に自分は負傷してしまい何もしてやれない悲しみを訴えている。万巻の書を紐解き戦争の何たるかを理解するより、わずか一枚程度の調書がいかに心打つか本捕虜の証言は教えている。

 さらに尋問調書には、 約 40 人分の朝鮮半島出身者の証言が残っている。戦場下で朝鮮人兵士や軍夫に強いた日本兵の偏見・差別は、彼らの日本語の語りの中に怒りや悲しみとなり記述されている。他民族を併呑し内鮮一体を標榜しても、実態は民族の怒りを買っていたのである。沖縄戦で生き残った彼らの何人かは、戦場を脱走し、米軍に投降している。彼らの尋問調書を見ると、生き残った喜びと共に、将来の母国に希望を抱いていることがわかる。生存の確かさは、個人の領域を越え大きな未来へと繋がっていたのだろう。

 それにしても九死に一生を得て、針穴のような戦場から這い出た生還者たちは、何と奔放な語りをするのであろうか。それまでの軍紀や軍律が嘘であるかのように、連綿と言葉が飛び出てきている。捕虜になった理由は様々あるが、ひとたび生命の安全が確保され、食料、水、医療救済がなされると捕虜は堰を切ったかの如く語り始める。日本兵は、彼が知り得る情報を尋問官に見せつけることにより、軍隊内の序列の高さを示そうともする。これは、米軍にとり格好の情報源であった。尋問官は、米軍戦術や今後の戦略を頭に入れ、日本兵の誠実性と責任感に敬意を払いつつ根こそぎ機密情報を引き出していく。その意味で、尋問調書は兵士らの戦争観を表すとともに、戦場でしかかいま見ることの出来ない身上書なのかも知れない。捕虜一人一人の訴えはわずかだが、それが層をなすことにより戦争の悲惨さと深刻さ、さらに事態の危機的状況も見えてくる。尋問調書は、第一次資料の中でも傑出した沖縄戦体験者の証言なのは間違いないであろう。

 ちなみに沖縄戦証言は、戦後 70 年間にわたる重厚な証言野を構築してきた。米軍の手になる映像や写真記録は別として、沖縄戦体験者が戦場から持ち出し得たものは証言と呼ばれる「語り」しかなかったわけである。戦争証言採録に当たる者は、事前の歴史認識や了解事項に基づき戦争を聞き出し、それを組立て、物語化していった。それに比して尋問調書は、形式に基づく調書採録という形をとりつつも、内容は千差万別、千々に乱れ、何があってもおかしくない世界が描かれている。また明らかに虚偽内容も多く、辻褄が合わない証言が多いといった方が正鵠を得ていよう。

 そこで私は、尋問調書の分析に際し証言領域の重なりに着目し、同種の証言を幾重にも重ね焼きする方法を採用した。これは方法論に関わる手法であるが、重ね焼き法を採用することにより、証言の意味内容と正確性を形あるものにしょうと考えたからである。

 さらに、従来の通史的な沖縄戦証言記録方法とは異なる分析枠を使用した。調書内容の濃淡にも関わるが、現代にも通じるテ-マを重点的に選択することにしたのが特色であろう。例えば、沖縄人(ウチナ-ンチュ)の思考や行動様式を中心に据え、防衛隊員の逃亡や戦線離脱、対本土出身兵士に対する反応、沖縄人の嘆き等を記述した。また一般兵士にあっては、捕虜観や米軍への協力、逃亡兵や遺棄された兵士の証言等について述べた。朝鮮半島出身者の証言は、章を立てほぼ全員の証言を採録した。特に証言記録を中心に米軍資料を掘り起こし、朝鮮人の沖縄戦動員概数を割り出したことは、今後の研究のはずみとなろう。さらに戦場で引き起こされた出来事や事件についても言及した。それは戦闘神経症や沖縄戦下の流言蜚語であり、日米双方の捕虜虐殺問題等である。これら尋問調書から割り出せたテ-マをもとに、従来の重厚な証言記録と照合し、より多角的で高度な証言分析が可能となるであろう。戦場からの生還者の証言と重ね合わせ、さらに証言領域が深まることが一番望ましいことである。

 最後に、本書は戦後 70 年の節目を期して上梓するものである。戦争は過去のものとなったが、この間日本は過去と真摯に向き合い、国際平和を希求する国であったのだろうか。いつの時代にも愛国者然とするものたちが、戦前の日本(軍)はアジア諸国に対し良いことも行った等と言う場合がある。しかしこの論議ほど、無理無体なものはない。そもそも論議の出発において、徴発的で侮蔑的なのである。こちらがいくら平和を唱えても、相手がそれを否定する場合、それは平和とはいえないだろう。沖縄を巡る内外からの厳しい状況が今現在も続いている。しかし悲観ばかりは言っていられない。かつて沖縄に戦(いくさ)がやってきて、生存自体が危殆に瀕した時代があった。多くの生命が潰えた沖縄だが、生者はいつだって戦争の罪業を打ち続けてきた。今新たに戦場の針穴からの証言に寄り添い、針穴を穿ち、生存者は何を訴えたかを知りたいものである。本書が、その一縷の希望になれば望外の喜びである。

もくじ

上巻
序文
注記
第1章 沖縄戦捕虜の実態
 1.1 捕虜とは何か
 1.2 沖縄戦と捕虜
 1.3 沖縄戦捕虜尋問調書の所在
 1.4 まとめ
 脚注
第2章 沖縄人(ウチナーンチュ)の証言
 2.1 はじめに
 2.2 戦(いくさ)がやって来た
 2.3 防衛隊員の逃亡
 2.4 民間人と日本兵との軋轢
 2.5 防衛隊員に対する日本軍の扱い
 2.6 投降後の防衛隊員の対米協力
 2.7 沖縄人(ウチナーンチュ)スパイ説
 2.8 戦場下の方言問題
 2.9 沖縄人(ウチナーンチュ)の嘆き
 2.10 女性民間人・女性捕虜の証言
 2.11 民間人の証言
 2.12 公務員と沖縄戦
 2.13 メディアと戦争
 2.14 まとめ
 脚注 167
第3章 沖縄戦の日本軍捕虜の証言
 3.1 はじめに
 3.2 捕虜は恥か否か
 3.3 遺棄された兵士
 3.4 戦争神経症
 3.5 まとめ
 脚注

下巻
第4章 米軍に協力する兵士たち
 4.1 米軍宣伝ビラ作成協力申し出
 4.2 日本軍投降呼びかけに協力
 4.3 日本軍掃討作戦に協力
 4.4 対日心理戦への協力
 4.5 軍事機密の暴露
 脚注
第5章 生き延びる術
 5.1 逃げる兵
 5.2 兵士の偽装
 5.3 民間人に紛れて逃亡
 5.4 自主投降者の証言
 5.5 負傷兵の投降
 脚注
第6章 日本軍・米軍による捕虜虐殺
 6.1 日本軍による米軍捕虜の虐殺
 6.2 奄美大島の米軍捕虜の処遇
 6.3 日本兵による米海兵隊員の虐殺
 6.4 米兵による日本兵虐殺
 6.5 米軍による捕虜違法処刑事件
 脚注
第7章 朝鮮人軍夫と沖縄戦
 7.1 朝鮮出身者の尋問調書一覧
 7.2 朝鮮出身者の沖縄への応徴=強制連行
 7.3 慶良間諸島の朝鮮人軍属
 7.4 朝鮮出身者の尋問調書
 7.5 米海兵隊に捕虜となった朝鮮出身者
 7.6 朝鮮人配属部隊(沖縄本島及び周辺離島)及び動員数
第8章 戦い敗れて
 8.1 戦場のユリの花
 8.2 対岸の戦争
 8.3 撃たれ続ける捕虜
 8.4 針穴を這い出る術
 8.5 同床異夢
 8.6 1945年8月
 脚注
 あとがき
 写真・図表の一覧
 索引

著者紹介

保 坂 廣 志(ほさか ひろし)
    1949 年 北海道生まれ
    1974 年 東洋大学社会学部応用社会学科卒業
    1976 年 東洋大学大学院社会学修士課程修了
   琉球大学法文学部講師、助教授、教授を歴任
   現在、沖縄戦関係を中心とした翻訳業に従事
   著書 戦争動員とジャ-ナリズム(1991、ひるぎ社)
      争点・沖縄戦の記憶(2002、社会評論社、共著)
      日本軍の暗号作戦 (2012、紫峰出版)
      陸軍 暗号教範 (2013、紫峰出版、共編)
      新教程 日本陸軍暗号(2013 年、紫峰出版、共訳)
      沖縄戦下の日米インテリジェンス(2013 年、紫峰出版)
      沖縄戦のトラウマ(2014 年、紫峰出版)

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