沖縄戦と海のモルフェー 保坂廣志
沖縄戦と海のモルフェー
保坂廣志 著 A5版 168ページ
ダウンロード版 700円+税 グーグル
印刷版(POD) 2,200円+税 アマゾン
ISBN:9784907625641(ダウンロード)、9784907625306(POD)
2016年2月10日刊
戦時下の沖縄近海は、米潜水艦攻撃により、定期船、徴用船、疎開船等多数が海没した魔の海域であった。遭難船舶について日本軍は、厳格な箝口令を敷き、誰も遭難船や人の死について語れなかった。その上さらに海の戦争は、生存者の少なさや証言自体の困難さもあり未だ深い海の底に閉じこめられたままだ。
沖縄戦の深層や姿・形を追い続ける著者は、今回新たに海に眠る戦没者に思いを致し、海の鎮魂書を世に届けるものである。
題名のモルフェ-は、ギリシア神話に題材をとったもので、海に沈み、今もなお眠りについている人々の姿をたとえたものである。本書を通してもう一つの沖縄戦の実相、海の戦争がいかに残酷きわまりないものであったか理解できるであろう。
序文
戦後生まれの私は、軍歌は歌わない。ただ、冬仕立ての谷村新司の「群青 (ぐんじょう)」歌だけは、口笛に出てくる。この歌は、戦争で死にゆく者、残された者の悲哀を歌ったもので、文語調の歌詞が心をとらえるのかもしれない。
1995 年冬、大学専門科目の集中講義のため、東京時代の恩師を沖縄に招いた。講義が終了したある日、行きつけの小さなスナックに恩師を誘った。そのとき恩師は声量豊かにこの「群青 (ぐんじょう)」を歌ってくれた。恩師は、職業軍人を志し仙台陸軍幼年学校に入学するも、志し半ばで終戦になった。多くの著書や業績を残した恩師だが、戦争を語ることは一切なかった。2000 年 3 月、恩師が大学退職の折り「古稀に歌う」と題する音楽 CD を出した。教え子たちからのプレゼントだが、一般 CD と異なるのは自身が歌っていることである。10 曲の挿入歌の最後に、「群青」が収まっている。これについて恩師は、益のない戦いに若い命を散らした兵士への鎮魂歌として歌っていると述べている。戦争は、海群青(うみぐんじょう)、空群星(そらむりぶし)となり体内深く潜んでいるようだ。
恩師が歌っていらい群青は、私の口笛歌のなかでもっとも大切なものだ。軍歌だといわれればそれまでだが、歌詞を眺めれば雪降る海がまざまざとよみがえる。戦時下の海軍を歌ったとされる「群青」の最後のフレ-ズは、死者をこう悼む。
空を染めて行く この雪が静かに
海に積もりて 波を凍らせる
空を染めて行く この雪が静かに
海を眠らせ あなたを眠らせる
時間の経過の中で、海に沈んだものは冬の眠りにつくという。それでいいのだろう。ただし、沖縄周辺域の海の戦場に倒れた人々は、ただ眠るわけにはいかないだろう。戦時下の沖縄近海は、米潜水艦攻撃により、定期船、徴用船、疎開船等多数が海没した魔の海域であった。遭難船舶について日本軍は、厳格な箝口令を敷き、誰も遭難船や人の死について語らなかった。その上さらに海の戦争は、生存者の少なさや証言自体の困難さもあり未だ深い海の闇に閉じこめられたままである。那覇市にある対馬丸記念館には、読谷村古堅(ふるげん)小学校児童の詩が刻んである。
今 海の底に眠るきみたち 夢見た雪は
雪は、今も内地にふりつもる
今 海の底に眠るきみたち
父さんの声 母さんの声は 聞こえているか
今次世界大戦下、海で犠牲となった人々を海上慰霊すると、あたかも死者はそこで眠っているかのように遺族は呼びかける。追悼の言葉は、死者を眠りから呼び戻し、ともに還らんことを呼びかける。そこから海の戦没者は、陸地のそれと比べると死と生との境界が限りなく不透明なものともなっている。手術のとき、人はベットに乗せられ、麻酔を打たれ、しばし眠りにつく。覚醒しているはずだが意識は飛んでおり、時間だけが過ぎていく。それは生きているのか、眠っているのか。この状態が、本書の題名に選んだモルフェ-である。戦時遭難船舶犠牲者の死の意味を振り返り、死者と呼ばれるものたちの眠りの姿を喩えようとした言葉である。さらにまたモルフェ-には、物の形や姿をさ意味もあるといわれる。(注)
私は、海の犠牲者に生存者の思いを連ね、それでもなおその場で「眠るな」と祈らざるをえない。例え「群青」の最後のフレ-ズが海で眠れであっても、古堅小児童が言うように気持ちは覚醒にあるのは間違いないだろう。本書を通してもう一つの沖縄戦の実相、海の戦争がいかに残酷きわまりないものであったかを理解していただきたい。
(注)中村雄二郎『かたちのオデッセイ-エイドス・モルフェ・リズム』、岩波書店、1991 年を参考にした。
もくじ
序 文
第 1 章 戦時下の沖縄定期航路遭難船舶に関わる実相
1.1 はじめに
1.2 第二次大戦下沖縄航路をめぐる諸問題
1.2.1 沖縄 { 本土間の定期航路の実態
1.2.2 船舶運営会の発足
1.2.3 船客の戦時輸送調整
1.2.4 戦時下沖縄航路の実績
1.3 沖縄定期航路遭難の実相
1.4 まとめ
脚 注
第 2 章 戦時遭難船舶と米潜水艦攻撃
2.1 はじめに
2.2 米国の対日国防戦略と実施過程
2.2.1 オレンジ計画
2.2.2 米国の対日潜水艦作戦
2.2.3 暗号解読
2.3 沖縄県民に関わる戦時遭難船舶の実相
2.3.1 ニューギニア沿岸
2.3.2 南洋群島
2.3.3 小笠原諸島付近
2.3.4 南西諸島近海
2.3.5 ミンダナオ島周辺海域
2.4 まとめ
脚 注
あとがき
付 録 遭難船舶一覧表
主要参考文献
索 引
著者紹介
保 坂 廣 志(ほさか ひろし)}
1949年 北海道生まれ
1974年 東洋大学社会学部応用社会学科卒業
1976年 東洋大学大学院社会学修士課程修了
琉球大学法文学部講師、助教授、教授を歴任
現在、沖縄戦関係を中心とした翻訳業に従事
著書 戦争動員とジャ-ナリズム(1991、ひるぎ社)
争点・沖縄戦の記憶(2002、社会評論社、共著)
日本軍の暗号作戦 (2012、紫峰出版)
陸軍 暗号教範(2013、紫峰出版、共編)
新教程 日本陸軍暗号(2013年、紫峰出版、共訳)
沖縄戦下の日米インテリジェンス(2013年、紫峰出版)
沖縄戦のトラウマ(2014 年、紫峰出版)
沖縄戦捕虜の証言(2015 年、紫峰出版)