沖縄戦のオーキーズ 保坂廣志
沖縄戦のオーキーズ:民間人収容所の実態
保坂廣志 著
ダウンロード版 (A5版 315頁) 800円+税 グーグル
印刷版(POD) (A5版 315頁) 3,000円+税 アマゾン
ISBN:9784907625733(ダウンロード)
9784907625740(POD)
2026年6月30日刊

沖縄戦のさなか、米軍によって「オーキーズ」と呼ばれた人々がいた。わずかな荷物を抱え黙々と徒歩で民間人キャンプに入る住民の姿は、戦争が奪ったものと、それでも失われなかった人間の尊厳を静かに物語る。
本書は、米軍が設置した民間人収容所という“もう一つの戦場”に光を当てる。そこは、勝者と敗者が否応なく交わり、時に衝突し、時に思いがけない交流が生まれた「コンタクト・ゾーン」だった。
米軍の記録、日誌、証言を丹念に読み解きながら、戦場の陰で生き抜いた人々の姿を鮮やかに描き出す一冊。沖縄戦を「知っているつもり」だった読者に、新たな視点と深い問いを投げかける。
はじめに
書名の中の「オーキーズ」 (Okies)とは、沖縄戦のさなかに米軍が民間人につけた呼称である。元々は、米国南部のオクラホマ州の貧しい農民につけられた呼び名である。これに対し沖縄の「オーキーズ」には、わずかな荷物を手にして黙々と徒歩で民間人キャンプに入る住民の姿が投影されている。
一方、沖縄人を「グック」(gook) と呼ぶ米兵士らも多かった。「グック」とは、田舎者で粗野なものを指す蔑称であり、強い意味では「土人」を意味する差別用語である。米軍ではこの言葉をアジア地域で使用しており、黄色人種を指す言葉でもある。「オーキーズ」には、民間人への同情や思いやりがあるが、「グック」は、人種や民族に対する差別そのものである。「グック」について米軍政府は、 1945 年 12 月 13 日に「沖縄人を表す際に使用すべき用語」について特別声明を出し、「地元沖縄人を表すグックという用語の使用は、今後使用を取りやめる事」と公言した。正式な呼称は、「沖縄人が使用されるべき」であると述べている。米軍政府の指示もあったが、これら二つの用語は、やがて自然消滅している。
さて、沖縄の戦場から救出された民間人は、米軍が設置したキャンプと呼ばれる民間人収容所に強制収容された。それまで敵を「鬼畜」とよび、「野獣民族」とも呼び習わしていた当の相手が、眼前に現れたわけである。収容所では、生きることに追われ、労働に駆り立てられる捕囚生活の連続であったが、その狭い空間のなかで勝者と敗者は、有形・無形の交流を行った。収容所では、両者の非対称な関係が働き、法理や道理等は無縁なもののように思われた。それでも勝者と敗者は、ぶつかり合い凌ぎあいながらも、収容所内で接触を図って行った。こうした異民族同士が特異な社会空間で合流し、通常ではありえない生活を強いられ、葛藤を抱きつつも生きざるを得ない空間を「コンタクト・ゾーン」と呼んでいいかもしれない。やや学術的に言えば、「沖縄戦下の米軍占領生活空間における異民族との遭遇」とでもいうのだろう。戦時下の占領空間は、本来不平等であり、強圧的でもある。強制された民間人キャンプ(収容所)は、占領者の意を体した捕囚の場であり、生存後に敵と出会うもう一つの生殺与奪の戦場でもあった。
ところがこうした中、時として思いもかけず民間人と米兵との交流が始まる場合がある。例えば米軍指導の下、キャンプ・コザと呼ばれた民間人キャンプで、民間人演劇集団が米兵を観客にして沖縄の伝統芸能を披露したことがあった。その場で大勢の米兵が演劇人に押し寄せ、熱狂的にサインをねだったという。そのため軍当局は、「これは、敵と協力する裏切り行為なのかどうか」と複雑な感情を示している。戦場では、殺す者と殺される者が相まみえ、残酷無慈悲な連続であったが、それでも民間人キャンプに入った者には生がまなざされ、人として生きる希望があったのは間違いない。それは米軍でも同じで、その場限りの熱狂であっても敵と親しくなれる最善の機会であることを知っていたのであろう。しかしこれは、政策的に「敵と協力することと同じである」として、米軍当局は演劇を早々と上演禁止にしている。
本書で明らかにしたいことは、戦時下の民間人キャンプにおいて米軍がいかなる収容所政策を行ったか、さらにキャンプ地体験を通し互いに何を獲得したか、獲得したものは何であったか等である。そこで本書は、米軍が記録した「民間人収容所」内での日誌や関係者インタビュー、定期刊行物等を読み込み、異なる民族や文化が接触し、格闘し続けた戦場地沖縄の生命の営みを明らかにしようとするものである。
2026年6月30日
保 坂 廣 志
目次
口絵写真
はじめに
注記及び留意点
第1章 沖縄米軍政の開始
第1節 沖縄侵攻作戦に対する兵士の声
第2節 軍政府副長官クリスト准将の民間人政策
第3節 クリスト准将の退陣と評価
第2章 米軍の沖縄軍政の経過
第1節 軍政とは何か
第2節 米国内の軍政学校の設立
第3節 第 10 軍ハワイ駐屯地への軍政要員の派遣
第4節 沖縄侵攻作戦と軍政府の任務分担
第5節 米第 10 軍の沖縄関連書の刊行
第6節 沖縄侵攻に向けた軍政府最終指令
第7節 軍政チームの組織と任務
第3章 占領初期の米軍とオーキーズ
第1節 米軍の沖縄本島上陸と民間人の動静
第2節 米海兵隊による兵士のインタビュー録音
第3節 クーニー山壕の集団自決
第4節 海兵隊の民間人射殺
第4章 米軍の沖縄侵攻と民間人キャンプ(収容所)
第1節 米軍の離島上陸と住民
第2節 米軍の本島上陸と読谷山・北谷村民の保護
第3節 米軍政府 B-5 チームの活動 1945年4月
第4節 米軍政府 C-2 チーム(北中城村島袋)の活動 1945年4月
第5節 キャンプ・コザ(C-1) 1945 年4月
第6節 金武・宜野座地区(A-3 チーム)の軍政府活動1945年4月~5月
第7節 高江洲・下原地区の米軍政下原(B-4)分遣隊の活動1945年4月
第5章 1945 年の5月の各地区民間人キャンプ
第1節 米軍政府本部 (読谷山村→金武村)
第2節 B-5 キャンプ(砂辺―島袋―野嵩)
第3節 中城村島袋(C-2) キャンプ
第4節 キャンプ・コザ(C-1)
第5節 B-6 分遣隊の活動(4月~6月)
第6節 C-7(金武, 古知屋地区)キャンプ5月
第7節 D-3(辺土名地区)キャンプ
第8節 C-4(宜野座村漢那)キャンプ
第9節 B-10(北谷村桃原)キャンプ
第10節 C-13(慶良間―伊江島―久志)キャンプ
第6章 1945 年6月~7 月の各地区民間人キャンプ
第1節 米軍政府本部6月
第2節 中城村島袋(C-2) キャンプ地 1945年6月~7月
第3節 コザ(C-1) キャンプ地 1945年6月~7月
第4節 久米島の軍政 B-101X 分遣隊
第7章 軍政府病院(G-6,G-10) の活動
第1節 米軍政と民間人病院
第2節 米軍政府医療部隊の活動
第3節 G-6 病院の活動
第4節 第 88 野戦病院
まとめ
資料編
解 題
資料1 軍政府の目的–クリスト軍政府副長官へのインタビュー
資料2 沖縄人の態度(米軍政府定期報告書)
資料3 軍政府本部–モーガン手記
資料4 B-9 分遣隊(座間味島)報告書
資料5 B-5 分遣隊(宜野湾村野嵩)日誌
資料6 C-1 分遣隊(キャンプ・コザ)日誌
資料7 C-2 分遣隊(中城村島袋)日誌
資料8 D-3 分遣隊(辺土名地区)日誌
資料9 G–6–54 病院 (名護田井等)報告書
付 録 沖縄軍政府の歴史
おわりに
著者紹介
保坂廣志 (ほさか ひろし)
1949 年 北海道生まれ
1974 年 東洋大学社会学部応用社会学科卒業
1976 年 東洋大学大学院社会学修士課程修了
琉球大学法文学部講師、助教授、教授を歴任
現在、沖縄戦関係を中心とした翻訳業に従事
著書 戦争動員とジャ-ナリズム(1991, ひるぎ社)
争点・沖縄戦の記憶(2002, 社会評論社 共著)
陸軍暗号教範(2013, 紫峰出版 共編)
沖縄戦のトラウマ(2014, 紫峰出版)
沖縄戦捕虜の証言(2015, 紫峰出版)
沖縄戦の集合的記憶(2017, 紫峰出版)
資料集 石川・宮森の惨劇(2019, NPO 法人石川・宮森 630 会 監修)
硫黄島・沖縄戦場日記(2021 年、紫峰出版)
首里城と沖縄戦(2024 年、集英社)
