沖縄戦下の日米インテリジェンス 保坂廣志
沖縄戦下の日米インテリジェンス
保坂廣志 著 B5版 246ページ
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ISBN:9784907625139(ダウンロード)、9784907625054(POD)
2013年11月25日刊
本書は沖縄戦における日米両軍のインテリジェンス(情報-諜報)に焦点をあて、軍部はいかに情報戦を展開したかについて暗号戦の解明を通して明らかにしようとするものである。第Ⅰ部は、沖縄の日本軍暗号-通信作戦の実態を明らかにし、第Ⅱ部は、米軍サイドから沖縄作戦に対する暗号解読(破壊)を解明する。
本書を通じ、軍部は国民に徹底した言論弾圧を行い、国防意識の発揚に努めたが、機密情報の露出元は軍部そのものであったことが判明するだろう。あわせて危機的状況下、強圧的なインテリジェンスは国民や兵士に死を強要する凶器と化し、あげく殺戮兵器と化したことも理解されるだろう。
まえがき
今次世界大戦は、科学と物理学の戦いであったと称される場合がある。科学とは、兵器に代表される科学進化を指し、物理学とは核兵器をさすのであろう。先鋭的兵器は、残虐・無慈悲な兵器と化し、おぞましいまでの人の死を生み出した。これら兵器は、確実に大量に敵を射る道具であった。
人が産んだ科学的生産物に人格はないわけで、それを利用せんとする人間の知恵に陥穽があるようだ。今次世界大戦は、究極の科学兵器を生み出したことに代表されるよう、兵器とそれを使用する人間との間に途方もない落差を生じさせた。しかもその間隙に大きく貢献したのが、憎悪と敵を殲滅せんとする心であった。ひとたび芽生えた敵愾心は、人に死を強要し、必要とあれば死を投げ出す凶器と化した。本書で扱うインテリジェンスも、その中の一つである。暗号戦といえば聞こえはいいが、戦時暗号の向かう先は、他の戦争科学同様に殺戮の兵器であったのは間違いないだろう。暗号が打たれ、それを解読するものがいるという話の先に、人の死が待ち受けていたというのが、真実のところである。軍事用語や美辞麗句で飾られた暗号の行方は、夥しい人の死であることを肝に銘じたいものだ。
さて本書は、沖縄戦における日米両軍のインテリジェンス(シギント=情報-諜報)に焦点をあて、軍部はいかに情報戦を展開したかについて暗号の解明を通して明らかにしようとするものである。第I部は、沖縄の日本軍暗号-通信作戦の実態を明らかにし、第II部は、米軍サイドから沖縄作戦に対する暗号解読(破壊)を解明するものである。特に第II部では、米インテリジェンスをもとに、そこから派生する諸事象に焦点をあて、各イシュ-毎に分析・解説を加えるものである。なお適宜、沖縄戦の戦場の「針穴」から生還した日本軍捕虜の尋問調書を挿入し、より多角的で実証的な考察を加えるものである。さらに必要とあれば関係する戦時出来事を抽出し、米インテリジェンスの記載内容と照応・分析を加えることとした。本書を通じ、政府・軍部は国民に徹底した言論統制を強い、国防意識の発揚に努めたが、機密情報の露出元は政府・軍部そのものであったことが判明するだろう。
なお付言するに、沖縄戦に関わる記録群は、長い歳月をかけ濃密で重厚な蓄積が計られてきた。仮に「沖縄戦学」と呼ばれる研究分野があるとすれば、十分それに応えるだけの広がりと蓄積がはかられてきたといってよいだろう。さらに、本領域が日々新たに焼き直され、語り直され、その方向性が定かでないのも特徴的である。また、沖縄には平和学習に適った戦争の事実が数多く存在していることも見逃せない。時々に出来(しゅったい)した戦争と平和に関わる政治-社会状況は、ある時は激情となり、ある時は悲涙となり人々の心を揺り動かした。沖縄戦学とは、戦争事象の構築と現在に直結する社会諸現象を問い続ける学問体系であり、人間の営為と当為とを繰り返し問いかける分野なのだろう。
終わりに、あらためて今までに収集した資料を読み込んで感じたことは、戦争とインテリジェンス研究は一筋縄ではいかないことであった。蟷螂の斧にも等しい研究に、何度もため息をついたものだ。ただ、誰かが轍跡(てっせき)に踏み入らねば、後学が続かないことも事実である。その意味でインテリジェンスを扱った本書は、未完の道標のようなものである。気鋭の学徒が、沖縄戦学の構築を目指し陸続してくれることを期待するものである。なお、本書では、日本軍捕虜の尋問調書を一部使用したが、資料の価値、量を考慮して、他日『沖縄戦捕虜の証言 - 針穴をうがつ』を上梓する予定である。
最後になったが、本書の上梓まで非力な筆者を支えてくれた家族、とりわけ妻の美枝子に感謝したい。四六時中沖縄戦を考える日々の中、ともすれば生は空を舞うことがあった。確かに生はつき出しているが、その実感は薄いことがままあった。その中で繰り出される妻の言葉に、蘇生したことは数限りない。戦争がそうであるように、尽きるところ家族に心の拠り所があるのだろう。
この間、多くの方々より知への希望を頂いた。医師の伊志嶺恒彦さんからは、無知の自覚を教えられた。仲本和彦さんには米国、沖縄と公私にわたりお世話になった。彼の該博な公文書学が、多くの研究者の地脈(ベ-スメント)となっている。私も、その恩恵にあずかった一人である。今回も紫峰出版の伊藤秀美氏にお世話になった。氏の簡潔にして清純な言葉に、たたずむことが何度もあった。あらためて関係各位に御礼を述べる次第である。
もくじ
はじめに
第Ⅰ部 日本軍インテリジェンス
第1章 沖縄の日本軍インテリジェンス
1.1 第32軍の創設
1.2 第32軍通信網の整備
1.3 第32軍情報部
1.3.1 第32軍情報部暗号班
1.3.2 第32軍が受信した電報
第2章 第軍地下司令部と日本軍インテリジェンス
2.1 第32軍地下司令部
2.2 電波警戒機隊と航空情報部
2.3 電信36連隊
2.3.1 電信36連隊の構成
2.3.2 無線部隊の任務
2.3.3 電信第36連隊の終焉
2.4 航空通信隊=風部隊
2.5 第10野戦気象隊
2.6 第21航空通信隊
2.7 第26対空無線隊
2.8 電報班
2.8.1 電報班の編成
2.8.2 暗号班編成
2.8.3 電報発令時間
2.8.4 暗号をめぐる台湾軍との事前協議
第3章 第32軍の諜報活動
3.1 日本軍の暗号傍受
3.2 第1特務班と新聞社
第4章 沖縄方面根拠地隊と通信部隊
4.1 沖縄方面根拠地隊
4.2 海軍佐世保軍需部那覇支部
4.3 運輸隊
4.4 照空灯部隊(吉田隊)
4.5 海軍通信所
4.6 海軍巌部隊=南西諸島航空隊
4.6.1 巌部隊暗号使用法
4.7 護部隊=第航空隊沖縄派遣隊
4.8 礎(いしずえ)部隊
4.9 山根部隊=第226設営隊(第3210設営隊、礎部隊)
4.10勝田大隊
4.11福田大隊
4.12丸山部隊
4.13海軍の損失
第5章 鳩通信
5.1 軍用鳩
5.2 米軍による軍用鳩の射殺
第6章 米軍による第軍関係暗号書のろ獲
6.1 沖縄戦において米軍がろ獲した日本軍暗号関係
6.2 米第10軍の暗号傍受・解読
まとめ
脚 注
第Ⅱ部 米軍インテリジェンス
第1章 沖縄戦と米軍の暗号解読-米情報部「マジック」の解読-
1.1 米陸軍情報部マジック
1.2 暗号解読でわかること
第2章 沖縄戦と米軍マジック1944年5月~45年8月
2.1 マジック1944年5月~12月
2.2 マジック1945年1月~2月
2.3 マジック1945年3月
2.4 マジック1945年4月
2.5 マジック1945年5月
2.6 マジック1945年6月~8月
第3章 沖縄戦前の米インテリジェンス
3.1 第32軍部隊編成
3.1.1 第32軍司令部
3.1.2 第32軍配下部隊の沖縄移動
3.1.3 那覇10.10大空襲
3.2 1945年1月~3月の米インテリジェンス
3.2.1 サム・インテリジェンス・ノ-ト
3.2.2 ハルビン特務機関報告
3.2.3 日本軍機雷敷設情報
3.2.4 日米軍首脳の戦争観
3.2.5 外交暗号に描かれた沖縄
3.2.6 船舶遭難
3.2.7 日米軍の暗号解読作戦
第4章 沖縄地上戦とインテリジェンス
4.1 米軍沖縄本島上陸直前の海戦
4.1.1 蛟龍隊=潜水艦作戦
4.1.2 震洋隊
4.1.3 魚雷艇と米暗号解読
4.1.4 陸軍連絡艇(マルレ)と米軍の慶良間列島上陸
第5章 米軍の沖縄作戦とインテリジェンス
5.1 沖縄上陸と暗号解読
5.1.1 沖縄上陸作戦電報
5.1.2 米軍上陸直前の日本軍の檄
5.1.3 沖縄守備軍の対米情報収集
5.2 スパイ情報
5.3 日本軍プロパガンダ
5.4 毒ガス兵器
第6章 1945年5月-日本軍総攻撃及び退却
6.1 日本軍総攻撃
6.2 沖縄戦と流言蜚語
6.3 宮古島からの緊急支援要請
6.4 日本軍の首里撤退と米軍判断
6.5 沖縄戦末期の日本兵
第7章 菊水作戦=航空特攻
7.1 菊水作戦
7.1.1 菊水作戦と米軍暗号解読
7.1.2 菊水作戦と特攻隊
7.2 病院船と国際法違反
7.3 敗戦と機密文書の焼却
まとめ
脚 注
著者紹介
保 坂 廣 志(ほさか ひろし)
1949年 北海道生まれ
1974年 東洋大学社会学部応用社会学科卒業
1976年 東洋大学大学院社会学修士課程修了
琉球大学法文学部講師、助教授、教授を歴任
現在、沖縄戦関係を中心とした翻訳業に従事
著書 戦争動員とジャ-ナリズム(1991, ひるぎ社)
争点・沖縄戦の記憶(2002, 社会評論社, 共著)
日本軍の暗号作戦 (2012, 紫峰出版)
陸軍 暗号教範 (2013, 紫峰出版, 共編)
新教程日本陸軍暗号(2013, 紫峰出版, 共編)
陸軍暗号将校の養成(2013, 紫峰出版, 共編)